国際ヴァイオリンフェスティバル
in ノボシビルスク

ザハール・ブロンのコンサートおよび公開レッスン



 グリンカ音楽院で毎年一月上旬に行われる国際ヴァイオリンフェスティバルは、2001年で5年目を迎えました。毎年プログラムが充実していき、伝統的な行事になりつつあります。このフェスティバルのコンサートやマスターコースの中心的人物は、ロシア国家人民芸術家でありケルン国立音楽大学のザハール・ブロン氏なので、「ザハール・ブロンフェスティバル」とも呼ばれています。

 ザハール・ブロン教授は、世界中でその才能と業績が認められている優れた教育者です。名誉ある称号やたくさんの肩書きを持ち、世界中の有名なコンクールの審査員として招待されています。門下生の国際コンクール入賞者の数は、もうすでに100名を越えています。ブロンという名前と共に有名な門下生のワジム・レーピンやマキシム・ヴェンゲーロフ、”ノボシビルスク・ヴァイオリン奏法(注:ノボシビルスカヤ・シュコーラ)”は、ノボシビルスク市民の誇りです。ザハール・ブロン教授は、長年グリンカ音楽院で弦楽器講座長として働き、ノボシビルスクの音楽家や教育者と交友してきました。

 ”演奏法”というのは、音楽家の演奏の仕方や解釈、芸術活動目的や美的感覚を表します。”ノボシビルスク・ヴァイオリン奏法”は、教育者によって、技術面、教授法が微妙に異なります。「先生と生徒」の直接関係の中で、いつもその”奏法”の伝統は作り上げられていきます。

 ”ノボシビルスク・ヴァイオリン奏法(シュコーラ)”は、広く解釈できます。その解釈の範囲には、芸術的嗜好、技術、教授法の異なったノボシビルスクの音楽家、教育者、演奏家が皆含まれています。共通の原則は、まず第一に早期教育のシステムが浸透していること、第二にある程度の専門的レベルに達していることです。ノボシビルスクでは、才能ある子供を見つけ、教育を受けさせ、創作活動を促し、刺激と援助を与える効果的なシステムが作られました。このシステムの基盤は、より高度な音楽教育実現に結びつきました。才能ある子供たちは、経験豊富ですばらしい音楽院の教授に、早期音楽教育を受けて、揺ぎないプロフェッショナルとしての基盤を身に付けることができるようになりました。

 ”ノボシビルスク・ヴァイオリン奏法”の初期段階では、イオーシフ・アロノービッチ・グートマンという教育者がいました。1941年キエフから避難移住してきたグートマンは、その当時存在していたすべての音楽教育機関(音楽学校No.1、音楽専修学校1945年~、音楽院1956年~)で教育活動に携わりました。グートマン氏は、明らかにノボシビルスクの音楽活動のレベルを引き上げました。氏の指導により「子供の演奏」のレベルがとても良くなりました。グートマン門下のコンサートも定期的に行われるようになり、若い門下生たちは目的を持って積極的に町の芸術活動を変えていきました。グートマン門下生たちはプロの演奏家として巣立っていきました。後に世界的に有名になった門下生には、ロシア国家人民芸術家エドアルド・グラッチ氏とロシア国家人民芸術家のビクトル・ピカイゼン氏(写真右)がいます(注:両人とも現モスクワチャイコフスキー音楽院教授)。

 ノボシビルスクおよびシベリアの音楽文化発展に意義ある貢献をしたのは、マトベイ・ボリーソビッチ・リベルマン氏でした。長年にわたりリベルマン氏は、すばらしい演奏家、オーケストラ奏者を育ててきました。門下生たちは、今日、シベリアの多くの音楽学校、音楽専修学校で教育活動に携わっています。もっとも有名な門下生は、国際チャイコフスキーコンクール入賞者アントン・バラホフスキー(注:現ハンブルグのオーケストラのコンサートマスター)でした。また、ノボシビルスクのヴァイオリン教師を一つにまとめたリベルマン氏の指導者としてのメソッド確立も意義あるものでした。

 70年代に入ると、レベルの高い音楽コンクールなどでノボシビルスクは驚異的存在になりはじめました。1979年、セルゲイ・テスリャとエレーナ・マリツェヴァが、ヴィヤニヤフスキー・リピンスキー国際青少年コンクールで入賞しました。二人とも優秀な音楽家をたくさん育てたガリーナ・ステパーノブナ・トゥルチャニーノヴァの門下生でした。

 その後、ザハール・ブロン門下生たちの活躍により、”ノボシビルスク・ヴァイオリン奏法”は、世界的に広く認められるようになります。1982年ワジム・レーピン、ヴラジーミル・スクリャレフスキー、マクシム・ヴェンゲーロフ、ナターリヤ・プリシェーペンコ、ニルスクリャレフスキー、マクシム・ヴェンゲーロフ、ナターリヤ・プリシェーペンコ、ニコライ・マドーエフが相次いで国際コンクールで入賞し、成人門下生のアンドレーエフ、コイフマン、トンバーソフらも全ロシアコンクールで入賞しました。

 ブロン氏の、特に小さな演奏家たちとの教育・演奏活動は、大きな社会的な反響を呼び起こしました。子供たちの演奏は当時、観客および音楽関係者に衝撃的な感銘を与え、小さい子供はヴァイオリンなんて弾けないというステレオタイプの考え方をぶち壊してしまいました。ブロン氏は、子供の演奏能力を制限したり、先験的に避けがたい子供の演奏の欠点を受容したりしないで、初期楽器習得段階から理想的な音色や様々な要求をします。子供たちに高度な芸術的演奏をする才能が芽生えてくることは、本当に驚くべきことです。

 ただ根拠なしに音色の見本を見せて子供に要求するだけでは、うまくいかないでしょう。しかし、もっとも細かいところまで要求するブロン氏の教授法は、信じられないような効果をあげています。その教授法は、主に4つの基本に基づいています。

  1. 音楽をする目的の想定:音楽は興奮と情熱の芸術であり、音楽家の重要な課題は、心に深い感銘を与えることです。つまり、理想的な演奏は、最大限の表現力に富んだ演奏なのです。
  2. ブロン流フレージング:表現力を豊かにするために,ブロン氏の解釈によるフレージングが存在します。一つ一つの音にできる限りの表現の可能性を見いだし、歌うことは、音楽家の基本です。
  3. 芸術性とテクニックをバランスよく習得すること:ブロン氏の高度な演奏教育の特徴は、細かいテクニックと芸術性の等価です。ブロン氏は、曲の中で、どのテクニックをどのように生かすか、弓をどう分割するか、どのようなビブラートをかけるか、ということに関してはプロです。学習者は,先生の言ったテクニックの練習を繰り返すだけで,良い結果を得られるのです。
  4. 学習者から「今、ここで」という成果を引き出すこと:教育者ブロン氏は、学習者から「できる力」を引き出す能力を持っています。ブロン先生のレッスンを一回受けるだけで,学習者の演奏が非常に良くなり、急激に演奏レベルが上がることがよくあります。学習者の課題は、レッスン中に習得したことを家で、復習、強化することです。ブロン氏のレッスンの中で、学習者は、自分は上手にヴァイオリンが弾けるんだ、というこをと信じてしまいます。インスピレーション作用を持つブロン氏の教育活動は、門下生の枠内だけに限られていません。ブロン氏に刺激された他の教育者、門下以外の子供や母親たちも、困難なこと(国際コンクールで優勝を獲得することなど)も、やればできる、ということを信じるようになりました。
 今日、”ノボシビルスク・ヴァイオリン奏法”で活躍しているのは、国際コンクール入賞者を何人も育て上げたアレクセイ・グボーズディフ教授、マリーナ・コイフマン教授です。その他、ロシア国家功労文化労働者のイリーナ・ポリコーヴァ女史やエレーナ・バスキナ女史がいます。彼らの尽力・貢献により、ユニークなヴァイオリン奏法(シュコーラ)が、今でも受け継がれています。

 芸術・音楽・ヴァイオリンの伝説の模範であるザハール・ブロン氏の教育者・オルガナイザーとしての才能だけでなく、満ちあふれたファンタジーとエネルギーにも驚かされます。ブロン氏は、海外公演も数多くこなし、世界各国のアカデミーで師事し、マスターコースを行っています。グリンカ音楽院の院長および職員、そしてノボシビルスクの住民が、ブロン氏の活動をしっかりとバックアップしています。そのことが、氏の創作エネルギーを刺激するのです。ノボシビルスクでは、ブロン氏によって国際ヤング・ヴァイオリンコンクール、国際ヴァイオリンフェスティバルが行われています。

(以上、第3回国際ヴァイオリンフェステバルのブックレットより。
 筆者:現グリンカ音楽院付属リツェイ(高等専門学校)校長ワシーリー・クージン、 注釈は武原直子)
木嶋真理、真優、直子フェスティバルのリハーサル
ブロン氏の注意に耳を傾ける
エリック・シューマン


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