ロシアの地質学者&鉱石コレクターにインタビュー

ナターリャ・コルチェフスカヤ(38歳)

−鉱石に興味をもったきっかけはなんですか。

小学7年生のとき学校の先生がガーネット(ざくろ石)を持ってきて、石の種類や性質を説明してくれた。その石がとても印象に残り、難しい石の組成もすぐ覚えた。その後、地質学に携わるようになってから、ガーネットをずっと収集し、自分の娘にもよく教えてきたが、昨年、ガーネットのコレクションを娘の学校に寄付した。

−地質学を専攻した理由は何ですか。

「地質学=地球に関する学問」がとてもロマンチックだと思い、大学はモスクワの地質学探検大学を選んだ。最初から鉱石に興味があったわけではなく、地球の成立ち、組成などに興味があった。大学では「鉱石、有用鉱物と産地の鑑定」の研究をした。 (山や鉱山に入り、石を掘りながら男性と知合う、というのが、ロシアの女性にとっては「ロマンチック」と思われているそうだ。)

−大学卒業後はすぐに地質学者ですか。

地質学者を名乗るのに、特に資格はいらない。大学卒業後は、地質学者として、タジキスタンで鉱石の産地を探したり、極東ロシアのルダーを掘る会社で働いた。2002年にはノボシビルスクの行政機関で鉱山産業に携わる企業の調査を担当した。その後、ノボシビルスクのシベリア展示会場に鉱石美術館が作られた際、そこの社員となり、コレクションの収集、来館者への説明、販売、展示会出品などの仕事をした。

シベリア展示会では年一回、「シベリア・サマツベティ」という宝石とミネラルの展示会があり、ロシア中から宝石や天然石、鉱石の業者、鉱山職人、コレクターが集まり、情報を交換したり、コレクションの売買をしている。ここで多くのコレクターと知合った。

鉱石美術館には、鉱石を見に来る人だけでなく、秘蔵の鉱石コレクションを売りに来る人(老婆が多かった。夫亡き後、コレクションをお金に変えられれば、と思うようだ)、天然石をつかった装飾品を買いに来る人、鉱石の話をしに来る人など、様々な訪問者があった。地質学者として自分が説明する以上に、他の人から学ぶことが多かった。

しかし、経済至上主義の今、この鉱石美術館は閉鎖されてしまった。

−鉱石のコレクションはいつごろから。

学生時代は鉱石採掘の実習を通じて、卒業後は様々な産地を見たりコレクターと交流したりして、そこで見つかる珍しい石に興味をもち、鉱石のコレクションを始めた。

掘っているとき、石や土の中からキラキラしたものや美しい石が現れるのはとても感動的だった。掘るのは難しく、私は手袋をはめないで作業をしたので、鋭い石でよくけがをした。しかし、石を出したい気持ちが先走り、手が血だらけになっても気にならなかった。実際、わくわくしながら掘っていた。石のよごれを水で落とすとき、きれいな物が現れたり、最後の最後まで汚れだったり、いろいろだ。ある鉱山職人は、とてもよいサンプルを見つけて、嬉しさのあまり、まだ泥がついてよごれたままの鉱石に熱いキスをしていた。鉱石を掘るのはとても危ない仕事だ。上から落ちてきたり、寒かったり、体にわるい。

今、仕事で鉱石を掘っている人たちも同じ気持ちだと思う。鉱石に魅せられてしまったのだから、しかたがない。

−自慢のコレクションはどんな石。

いつも産地の近くにいたので、コレクションは買うよりも売るほうが多かった。その中でも、絶対手放せない品々もある。一番好きな石は、友達からもらったダトーライト。白く輝く母岩の上に淡緑の結晶が載っている。石自体は珍しくないが、内面から輝くような魅力がある。水晶の内側に幻のように山が見えるファントムのサンプルもある。非の打ち所の無い形で、このような存在そのものが奇跡だ。いくつかのガーネットは思い出と強く結びついている。極東ロシアにある葉状水晶は、リーフパイのように平板な結晶がいくつも重なったとても珍しい水晶だで眺めていて飽きない。

−鉱石コレクションの魅力とは。

ユニークで個性的な美しさ。各サンプルは一つとして同じものがない、自然に作られた物だ。加工した石はあまり好きではない。天然のままの方が加工したものよりももっと美しい。本当のコレクターは食べるお金を削ってでも石を買う。欲しいと思ったら何がなんでも買う。私はそこまでではないが、そういう夢はある。

鉱山産地には、石を掘って生活費をかせぐ職人がたくさんいる。中には、掘る職人からスタートし、良い石に当たって成功し、ビジネスを立ち上げ手広く販売するに至る人もいる。しかしだいたいは、鉱山職人は貧乏で、生活のため厳しい労働をしている。


現在、ナターリャは、ノボシビルスク市の地質学関連部門で働いています。