キノコの国ロシア

はじめに

ためらうことなくロシアはキノコの国だと言うことができよう。キノコは極圏から南の亜熱帯地方まで、西の国境から太平洋まで、ロシアの全地域にわたってどこでも見つけることができる。

昔から、煮たり、焼き揚げたり、塩漬けにしたりしたキノコは、四季にわたって平日も祝日もロシアの食卓に上る、主な料理の一つであった。ロシアのことわざで「料理が七つ、全部キノコ」といわれるように、ロシア人にとってキノコは重要な食べ物である。古い本によると、古代ロシアではキノコが野菜と同様「健康のために非常にいい料理」として知られていた。斎期にはキノコが主食だったことは言うまでもない。皇帝アレクセイ・ミハイロヴィチの斎期の食卓は次のようであったと記されている:「生および煮たキャベツ、塩漬けのカラハツタケ、カラハツタケの鍋物、塩漬けのチチタケ」

革命前、キノコはロシアの貿易において重要な位置を占めていた。それはかますおよび樫樽に入れられて外国へ輸出されていた。ロシアキノコを喜んで買った国の一つはフランスであった。フランスへは特別なビンに入れた小さいキノコが売られていて、このキノコのほうがシャンパンより高かったそうだ。フランスはソースで有名だが、ロシアキノコで作ったソースは最もおいしいソースの一つとして知られていた。フランス人の間では「キノコソースをかけたら、長靴の底でも食べられる」という冗談が言われたそうだ。

体の滋養、心の保養、それはキノコ

地面にあるキノコを見て平気で通り過ぎたり、キノコについての話に加わらないで、無関心でいられるロシア人は多くない。ましてキノコを自分で見つけたら大喜びだ。自然の美しさにどんなに無関心な人でも、ビロードの茶色のかさを見つけたら興奮してしまう。

有名な作家アクサクフは、キノコ狩りのことを「静かな狩猟」と呼んでいた。この作家は「キノコ狩りには未知数や意外性がある。運・不運もあって好奇心がわき、人はだんだん夢中にさせられる」と書いている。狩人、猟師、キノコ狩り人には共通点が多いのではないだろうか。つまり、熱心さ、根気強さ、ねばり強さなどである。たとえ天気が悪くても、猟師もキノコ狩りも森に出ずにはいられない。ロシア語でキノコは「グリプ」、キノコ採りをする人を「グリブニック」と呼ぶが、グリブニックは時々狩人のように自分の獲物を自慢している。グリブニックの活躍が伝説になることもある。

若き「グルブニック」にインタビュー

ノボシビルスク地方のベレゾヴォ村に住むキノコ狩りユリイ・フィリポヴィチさんにキノコ狩りの秘密を教えていただいた。彼は25歳、シベリアの農村に生まれ、家族とともに農業に従事したりして自然に囲まれた生活をしている。子供のころから歴史に興味を持ち、1999年にノボシビルスク国立大学の歴史学部にすすんだ。専門は考古学。家族の縁が強く、卒業後ユリイさんは故郷の村に帰って自分の研究を続けている。キノコ狩りの秘密をお父さんに教えてもらって、今では二人一緒に森に行く。

インタビューア

きのこ採り名人(の卵)ユーリャ

ロシア人にとってはキノコ狩りというのはなんですか。

ロシア人にとってキノコ狩りはおいしい食べ物の獲得だけでなく、自然と親しむ方法です。キノコをたくさん採るためには長く森を歩き回らなければなりません。静かな朝、森、足もとでぱきぱき鳴る音、さわやかな草の香り、蚊のかぼそい羽音、服に付いたクモの糸などが、心と自然を調和させます。グリブニックの間では「もし謙遜に満ちた自分の心を森に打ち明けるなら、自然が褒美としてたくさんキノコを採れるようにしてくれる」と言われています。森に対する丁重な態度はロシアのキノコ狩りの幸運のもとなのです。

キノコをたくさん採るために、なにかおまじないがありますか。 

昔は木におじぎをして、森の恵みに対して感謝を表す習慣がありました。豊かなキノコの収穫のための特別な祈りやまじないもありました。例えば、たくさんキノコを採るためには、森の前に立ち左の手の平に三回つばをはいて「キノコちゃん、出ておいで」と言わなければなりませんでした。

現代でも、このようなおまじないが使われていますか。

もちろん現在ではキノコ狩り人はおまじないを使いませんが、森と話し合う習慣は今でも残っています。例えば私は、カゴを持って森を歩くたびに、心中ひそかに森と話をします。私は森と話すとき、自然の恵みを大切にすると約束します。人間は森のお客にすぎないので、森を尊敬するべきだと思います。

キノコを採るための一番いい時間はいつですか。

もちろん、キノコは一日中採れますが、一番ふさわしい時間は朝です。これは昔から伝わっている習慣です。なぜかというと、朝早く、日射しが斜めで、露に濡れたキノコのかさが輝いている間は、キノコが草の中でもはっきり見えますから。

朝のキノコ狩りとキノコの品質と何か関係がありますか。

はい、もちろんです。朝キノコの方がずっと固くて虫が入っていません。また森に一番早く来た人はキノコをたくさん採れますが、遅く来た人はキノコを切った跡しか見つけられません。

森へ行くのにどんな服装をしたほうがいいですか。

森へ行く前に、特別な服装を準備しなければなりません。キノコ狩りのための一番いい服装はフードをつけた綿製服です。そでとズボンの下にゴムを入れたほうがいいです。このような服により鋭い枝、針葉と蚊から守られるからです。それから、足にゴムの長靴をはきます。これをはくと、蛇に噛まれたり、濡れたりする恐れもありません。

採ったキノコをどうやって運びますか。

べレスタ(白樺の皮)とか柳の枝で編んだカゴを使ったほうがいいです。枝の間の隙間から空気が自由にキノコに通じるので、切ったキノコが長く新鮮さを保っていられます。カゴに入れたキノコはまだ生きているので、その生長のために空気が必要です。驚いたことに、カゴの中のキノコは生長できます。特にイグチは生長が早いので有名です。切ったばかりのイグチはかさの大きさが小指のつめぐらいですが、森をしばらく歩き家へ帰ってこのイグチを見ると、かさは親指のつめの大きさまで成長していることがあります。キノコを入れるためにはポリエチレンの袋を使わないほうがいいです。袋の中でキノコが「息苦しく」なって、新鮮さを失ってしまいますから。

キノコを見つけるのは難しいですか。

もし、キノコ狩りの法則をちゃんとおぼえたら、ぜんぜん難しくないと思います。キノコを見つけるためには、森を急がずにゆっくり歩かなければなりません。さらに、木の枝を用意したほうがいいです。これは、草をどかしたり、散った葉っぱをひっくり返したりして、隠れたキノコを探すのに便利です。しかし、木の枝があっても、面倒がらずに身をかがめなければいけません。これについてはことわざがあります。たとえば「キノコはおじぎしてもらうのが大好だ」または「キノコにおじぎしないなら、キノコをカゴに入れるまい」。

キノコ狩りの法則というのはなんですか。

例えば、食べられない毒キノコを蹴ったり崩したりしてはいけません。毒キノコを見つけたらナイフで切ります。もしナイフがなければ、根を土の中に残すように気をつけながらキノコのかさをはずします。もし根こそぎにしてしまうと菌糸が崩れてしまうからです。

ユリイさんはあたりを見るだけで、そこにどんなキノコがあるか分かりますか。

だいたい、分かります、けれども、私はまだ若いので、たくさんのことをまだ知りません。しかし私の祖父は、すべてのキノコの「習性」をよく知っているので、色々なキノコの種類とそれぞれが生えている場所もわかります。いくつか種類は「自分の」木のそばだけで育ちます。一般にキノコは、森のはずれ、草地、森の小道にそって、坂、若木の植樹帯などに生えます。キノコが育つ所は天気とも関係があります。暑い時にはキノコは枝の下に隠れます。雨が多い夏には乾いた高いところに出ます。キノコ狩りの伝統は昔から続いています。この伝統は親子代々伝えられています。私の村の近くの森でも、自分の孫にキノコの採り方を教えているおじいさんの姿をよく見かけます。 ロシア人にとってはキノコ狩りは愉快な趣味で、キノコから作った料理はおいしいご馳走です(話しながらユリイさんは笑顔がたえない)。

籠(かご)の中身

ロシアには食用キノコが多い。キノコ狩りの間で一番尊重されているキノコはヤマドリタケ(ロシア語で「白いキノコ」)である。これは乾燥しても、煮てもキノコの果肉が黒くならないので「白いキノコ」と名づけられた。カゴいっぱいのヤマドリタケを集めるのは、すべてのキノコ狩人の夢である。ロシアの昔話ではヤマドリタケが森の精としてよく現れる。この登場人物は大きい帽子をかぶった白髪の老人のように描かれている。森の精であるヤマドリタケは道を教えたり、深い森を連れ歩いたりして、やさしい人を助ける。悪役を罰することもある。

ヤマドリタケは六月から九月にかけて生長する。ロシア中の白樺、松の森にある。ときには大きなグループで群生する。一つのグループの中に約40−50本のキノコが集まっていることもある。そのため、もしヤマドリタケの一本を見つけたら、周りをよく見まわしたほうがいい。

ヤマドリタケの臭い、特に乾燥したヤマドリタケの臭いは、何にもたとえようがない。ヤマドリタケで作った料理は何でもとてもおいしい。そのため、自分でキノコを採る機会がない人は、市場で乾燥したヤマドリタケを買うことが多い。このキノコは栄養のあるおいしい食べ物というだけでなく、体にいい薬としても有名である。17世紀の医療手引の中には凍傷を治すためにヤマドリタケのエキスを使う、という処方がある。現在、ヤマドリタケに、心臓の働きを促進したり、抗腫瘍作用を及ぼしたりする物質が含まれていることが明らかになった。

キノコ狩人によると、ヤマイグチ(ロシア語で、白樺の下のキノコ)も貴重なキノコである。このキノコは白樺などの木の下に生えるので、このように名づけられた。このキノコの成長は早い。六日間で熟して、七日目に老化してしまう。五月から秋にかけて育ち、ビタミンB1を多く含んでいる。

秋にはチチタケ(ロシア語で「グルジヂ」)が採られる。このキノコは白樺の森に生え、大きなグループで群生する。ロシア語でこのような大きなグループを「グルダ」というので、キノコの名前もこの言葉から生まれた。柄が短くて、葉っぱを少ししか持ち上げないチチタケは、見つけにくい。キノコ狩人は足もとの軽く崩れる音を聞いて、チチタケを見つけることが多い。このキノコを探すためには木の枝が役に立つ。塩漬けにするキノコの中では、チチタケが一番おいしいと言われている。塩漬けのチチタケを切って、細かく切った玉ねぎと混ぜ合わせて、植物油をかけると、冷たくておいしい前菜がすぐできる。

アンズタケ(ロシア語で小狐)はロシアで最も知られているキノコの一種である。しかし、このキノコはロシア以外の多くの国にも生える。例えば、ドイツではアンズタケが「死人のラッパ」と呼ばれ、フランスでは「豊饒の角」という名前を持っている。ロシアでは美しいオレンジ色のチチタケに「小狐」という名をつけた。これはおいしくて見た目も美しいキノコである。アンズタケの中には虫食いのキノコがほとんどない。焼き上げたアンズタケが特においしい。このキノコはビタミンB1、C、PP、カロチン、亜鉛、銅などの物質を含んでいる。

松の森にはイグチ(バターキノコ)が生えている。このキノコのかさと柄の皮は触るとバターのようにつるつるしている。イグチを煮たり、焼き上げたり、乾燥したり、塩漬けにしたりする。「バターキノコ」に含まれる樹脂性の物質は痛風と頭痛をやわらげる。

カキキノコは木の幹に生えるキノコで、ロシアに多い。ロシアを含む世界各国で、このキノコが商業的に栽培されている。ロシアでは、年間20万トンのカキキノコが栽培されている。そのため、このキノコで作ったおいしい料理を夏・秋だけでなく冬にも楽しむことができる。

キノコの科学的な研究

シベリアの中央植物園には下等植物に関する研究を行う実験室がある。ここにはロシアとアルタイのキノコと海藻のコレクションが集められている。実験室では二人の藻類学者が働いている。ゴルブノワさんとぺロワさんはノボシビルスク国立総合大学を卒業して、ここで働くことになった。

インタビューア

藻類学者ゴルブノワさんとぺロワさん

どうして、こんなめずらしい専門を選びましたか。

もともと妙なキノコが好きだったんです。子供の頃、私はよく母と一緒に森へキノコを採りに行きました。その時、食べ物としてではなく複雑な生体であるキノコに対して、強い関心を持ちました。キノコと海藻は地球で最も古い生き物です。どんなものから我々の生活が始まったのかを調べるのが、おもしろくてたまらなかったんです。

シベリアの中央植物園ではこの研究がどのぐらい行われていますか。

50年以上です。この研究の先駆者はタチアナ・ポポワ博士でした。ポポワさんはシベリアの藻類学の創始者として有名です。我々の実験室の目的はキノコ、海藻と地衣類の種類、生態学、地理学、生物群落学などの研究です。

ここの有名なコレクションには何種類のキノコがありますか。

このコレクションには1000種類のキノコと2000種類の海藻があります。10種類のキノコは新発見でした。このコレクションは我々の誇りです。

キノコのビジネス

最近、キノコはたのしい趣味としてだけでなく、有利なビジネスにもなった。新聞では「キノコの栽培ビジネス」「菌糸の販売」という広告をよく見かける。特に栽培に適したキノコはカキキノコである。キノコビジネスを始めるためには、まず菌糸と技術説明書を買わなければならない。技術は極めて簡単である。キノコはどこでも−温室、畑、自分のアパートででも栽培できる。まず、ワラに熱湯を浴びせてベースとする。次にこのベースと菌糸を混ぜて袋に入れる。その後、キノコが出られるように袋にアナをあける。16−20日間湿気と温度を正しく保つと、キノコが生え始める。この簡単な技術を利用して、個人的なビジネスがが可能である。平均して、一ヶ月に200キロのキノコを栽培できる。生長したキノコは、レストラン、店、食堂に販売できる。もちろん、自分で作った新鮮なキノコの味も楽しめる。このビジネスは簡単でおもしろいので、最近だんだん人気が出てきた。