日本語教師奮闘記

はじめに

私は2001年9月、ノボシビルスク工科大学に日本語教師として来た。それから現在まで、ノボシビルスクの国際関係大学、日本センター、総合大学などで日本語を教え、並行して個人教授も行ってきた。

オリガ・フロロワ教授の30年以上にわたる日本語教育、指導者養成の功績により、ノボシビルスクには、日本語コースを持つ大学や小学校が多い。アニメ、生け花、剣道、柔道、合気道、杖道、空手など、日本関連のクラブ活動も盛んで、それらをちょっとでもかじったことのある日本人は、ここに来るなり「指導者」として招かれるから覚悟したほうがいい。

日本語コンクール

週24時間、といえば週の労働時間の半分以上に当たるが、今、私は、この時間を日本語教育に費やしている(2003年当時、現在は大学に勤務していない)。5月の「ノボシビルスク日本語コンクール」に向けてしのぎを削る学生の熱意に押され、実のところ、へとへとになりながら日本語を教えている。

日本語コンクールは4月17日の日本語能力4級の試験を皮切りに、3級、2級の筆記試験の後、成績上位者が25日、スピーチコンクールにすすむ。スピーチコンクールの審査員は、現地在住日本人で、日本語能力よりも、どちらかというと「笑える」スピーチに点を入れやすい。そのため学生は、いかにおもしろいテーマを流暢に話すか、日本語能力とは別のところで技を競う。まるで「地方の美人コンクール」のようだ。運も実力のうち、と考えれば納得できるが、地道に努力するタイプの生徒には厳しい環境だ。

日本語教師になるまで

私は1995年「日本語教育能力試験」に合格したが、この試験を受けた目的は、実は、日本語教育ではなかった。

1996年、SE(システムエンジニア)の私は、中国でソフトウエア開発の仕事をするため、北京に1年間滞在した。北京では「通じさせる英語」、つまり、待遇表現などを無視した、単刀直入な英語で中国人技術者とやりとりしていた。北京滞在中、職場の中国人から日本語を教えてほしい、と頼まれた。ところが、最初に『「は」と「が」の違い』を質問されたとき、例に漏れず、自分自身の日本語の知識のなさにショックを受け、全ての依頼を断った。正直、悔しかったが、知識がない、というより『「は」と「が」の違い』は説明できるものではない、という先入観があった。

日本帰国後、ある官庁内でシステム開発の仕事を担当した。大勢の警察官が集まった会議の席で、システム開発の進捗を説明しなければならない。厳しい警察官から「新田さんは敬語の使い方がなっていない!」と一喝された。「システム開発以前に、人間が出来ていない」と言われたようなものだ。私は、北京帰りで日本語を忘れている、との自覚はあったが、まして敬語の意味など全く分からず、対話恐怖から軽度の失語症になってしまった。

これを克服するため、「日本語の文法知識を一から勉強」と日本語教育能力検定試験の受験を決めた。過労で体調を崩した私は、1年間は仕事ができず、無職の焦燥感の中で、自分に鞭打って日本語の勉強に打ち込んだ。やく3ヶ月の準備期間を経て試験合格後、日本語の学習を通じて、日本語教師に目覚めた私は、ボランティアで地域の外国人に日本語を教えはじめた。そして、日本語教師を武器にロシアへ行けるのではないか、という無謀な夢を膨らませはじめた。相手国の言葉を知らず、コネクションも無く、外国に行く方法、それは「日本語教師」しかない。

総合大学の日本語コース

私は、2003年9月から2004年12月まで、ノボシビルスク総合大学3年生の日本語クラスを担当した。授業は週6コマ(計270分)。学生は先の2年間の蓄積が十分でなかったため、カタカナの読み方、および教科書は第一課からやり直すことにした。約6ヶ月(100時間)で日本語3級合格レベルまで持っていくのが目標だ。

文法教材

外国語学部であるからには、単に会話だけでなく、言語構造としての日本語を理解しなければならない。私は、動詞、形容詞の活用形を早い時期に教え、その後、文法構造にその活用形を当てはめていく、という方法をとっている。

ロシアにも日本語の教科書があるが、例文が古かったり不自然だったり、と、ネイティブ日本人から見て満足できないものが多い。最近、日本の「教科書のロシア語訳」が出されて、内容はいいのだが、誤字脱字が多い。私は目に付く限り全て購入し見ているが、どうしてこんなに品質が悪いのだろう、といつも思う。

ロシア語を知らない私がロシア人に教える場合、2つの方法がある。一つは、全部日本語で通す、いわゆる「直説法」。もう一つは、ロシア人教師に文法説明を任せること。私は、文法説明には、「新日本語の基礎(スリーエーネットワーク出版)」の別本「ロシア語文法解説」、「ロシア語訳」を使っている。

学生はロシア語の文法解説を読み、私のゼスチャー交じりの説明を聞き、次に練習問題を解く。学生はこれで、一時的に理解するが、定着させるために、宿題やテストなどが欠かせない。

動詞や形容詞を学ばせる際は、イラスト教材をふんだんに使う。イラストを見て、1回目は単語だけノートに書き取り、2回目は短文で、3回目は記憶を試す、と段階的に使って、記憶を定着させる。このイラストを使った授業は、学生だけでなく、子どもから年配者まで、それぞれのレベルで日本語を学ぶのに役立つ。もし火事や地震で一つだけ持って逃げるとしたら、私は、愛用しているイラスト教材を持つかもしれない。これさえあれば、世界のどこででも、日本語を教えて食べていけるからだ。

授業に命を吹き込むイラストは、「イラスト工房Ikkoh」さんの作品だ。Ikkohさんのイラストを見ながら、授業計画を立てる時がとても楽しい。このイラスト教材はあらゆる外国語教育に使える。(家事や災害で突然部屋を追い出されることになったら何を持ち出すだろう・・・と想像を巡らすことがあるが、私はこのイラストを持ち出すつもりだ。これさえあれば、どんな境遇でも(避難所生活でも)日本語を話題に人々と交流していける。)

漢字

ロシア人の日本語学習者にとって、漢字は大きな障害だ。私の学生は6ヶ月でようやく200字程度の導入を終えたが、まだ全然定着していない。新聞を読むために3000字以上必要とされるが、一体どうしたらいいのだろう。

暗記しないことに変わりはないのだが、不思議と私の学生は、漢字の時間が好きだ。ほとんど夢中になって漢字を書いている。漢字の教材は、完成したものを渡してしまったらダメだ。私は、コピーできない、学生が自分でノートに書き取るしかない方法をとっている。小さなカードに、筆で漢字を書き、書き順を添える。裏に、その漢字を使った熟語とロシア語の意味をつける。学生は自分の「漢字ノート」に書き写す際、墨の香りをかぎながら、筆順を再現し、いくつかの熟語を書き、漢字の意味のふくらみを感じている。  いつか日本語を忘れても、この漢字ノートは大切な思い出として残るだろう。

会話

私のロシア語は独学で、文法は初級レベル、語彙も生活語彙に限られている。それでも、ロシアで生活する上で、不便はない。なぜなら、自分が話す場合、自分の語彙だけで話すから、自分にとっては「全部わかる」。相手の言葉が不明なら、それは自動的に「耳に入ってこない」。

もっときちんと勉強した人で、会話はできるが、通訳ができない、という人もいる。実際、自分で勝手に話すのは一番簡単だ。難しいのは、予期せぬ言葉を聞いて理解し、すぐに回答することだ。

このような体験から、私の会話の授業では、意図しないことを話させる訓練をしている。例えば「ロシア語-英語の絵辞典」など、アルファベット順に絵と英語とロシア語で言葉を解説している「子供向け」の本がある。絵辞典のロシア語テキストを日本語に翻訳させる。私は英語のテキストを見て、日本語のチェックをする。

このような本の中には、日本人の常識とかけ離れている例文も見受けられる。あるいはロシア的であったり、西洋人の考えだったり。そのような言葉を見つけたら、それをネタにディスカッションする。この授業をグループでやるのはとても楽しい。いろいろな意見が出るし、翻訳技術をロシア人同士教えあえるし、日ロのメンタリティの違いが実感できるからだ。

初級レベルでは、語彙も文法も限られていて、自然な会話は非常に難しい。言葉を辞書で引いて、無理に会話しようとすると、日本語として不自然な言い回しが「癖」となって残ってしまう。基本文法を終えるまでは、教科書にそって機械的に知識を詰め込むのがいいと思うが、更に色をつけるために、私は「小学生の英単語」「小学生の英会話」など日本の子供向け教材を使っている。日本語初級前半を終えたあたりで、「小学生の英単語」のページをめくりながら、一度にたくさんの言葉と出会うのは楽しい。学生にとって、これも充実のひとときだ。

個人授業

私は、大学のクラスの他、工科大学、教育大学、交通大学、国際関係大学、社会人など12人のロシア人に、土曜日や平日の夜、日本語を教えている。

レベルは中上級で、中には日本語能力1級の強者もいる。基本文法を終えた中級以上の学習者の目標は2つ。「日本語能力試験2級・1級の合格」と「交流できる語彙・会話力」。

2級以上の文法項目は慣用表現や文脈判断などが多く、構造的に説明がむずかしいものもある。ロシア語に同じ表現がない場合も多く、使われる場面説明抜きに理解させるのは非常に難しい。日本人が日常使わない表現も多いが、小説などの翻訳にはもちろん知識が必要なので、それらも知っておく必要がある。

問題は日常語かどうかの判断なく知識を詰め込み、日常会話で高尚な単語を連発すると、はじめは面白がられるが、そのうち「いやみなやつ」と思われかねない。だから、中級以上には、日本で1年以上暮らす経験をぜひとも持たせたい。しかし、そのチャンスはほとんどないのが残念だ。

教師の待遇

日本人教師の受け入れ

日本語教師として日本の機関から派遣され日本側から収入を得られる場合はいいが、現地採用の場合、渡航費や生活準備費は支給されず、個人負担となる。シベリアの場合、冬に備えるためだけに、まず1000$はかかる。日本への帰国費用1000$、急の備えに1000$、この程度の貯金があれば、あとは現地で日本語を教えながらなんとかやっていけるかもしれない。(とはいえ、私は日本語教師以外に会社員であり個人事業もしている)

ノボシビルスクには、「ロシア人と同じ待遇」という条件付きでよければ、日本人に教えに来て欲しい、という教育機関がたくさんある。

ロシアで日本語能力が就職に有利になる時代がくれば、教師待遇も上がるだろう。しかし、今のところ、日本語コース卒業者で日本関係の仕事につける人は、ほぼ皆無に近い。それでも、日本語をカタコト知っている、ということは、ロシア人にとっては自慢できる特技の一つだ。日本でいえば、エジプトのヒエログリフを読める、とかアラビア文字を書ける、とか、そんな珍しさに近い。実際「漢字」のロシア語は「イエログリフ(ヒエログリフ)」だ。象形文字と大差は無いのだろう。

教師待遇

現在も、ノボシビルスク教育大学や、トムスク大学には、ロシア待遇で日本人教師が働いている(私自身もちろんロシア待遇)。「ロシアに住みたい」「日本語教師の経験をつみたい」など目的は様々だ。

教師の給料は、受け持っている時間数で計算され、1時間320円〜480円程。私は1クラス、月6コマ(270分)担当し、月給100ドル程度。教材は大学の機器でコピーできるが、枚数が制限されるなど不便は多い。日本語の場合、ロシアに適当な教材がないので、日本で自費で購入しなければならないが、文法、漢字、読解、試験対策など分野別に、初級・中級・上級それぞれ用意すると、それだけで大変な出費になる。だから、私の今の一番の悩みは、学生のレベルに合わせて、これから日本語2級、1級の教材を買いたいが、そこまですると、年間を通じて、収入どころか赤字になる、ということだ。

また、日本の教科書は余白が多く、コピーすると情報量の割りにページ数がかさむ。例えば、日本の教科書で

    (1)これ(  )花です。
  (2)わたしは京都(  )行きました。
  (3)3時(  )会いましょう。
と3行のテキストが、ロシア流では
   (1)これ(  )花です。(2)わたしは京都(  )行きました。(3)3時(  )会いましょう。
と1行になる。

はじめはこのようなテキストに違和感を覚えたが、背に腹は変えられない、今は、日本語の教科書のテキストを一生懸命ワープロで打ち直し、余白を減らし、更に縮小コピーを重ね、まるでぎっしり書き込まれたカンニングペーパーのような資料を作って、教科書代わりに使っている。

日本語学習の目的

日本語を学習するロシア人の中には、単なる「特技」としてではなく、本当に「日本に行きたい」「日本にあこがれて」という人ももちろん多い。

私は、「日本人と結婚したくて」という若いロシア人女性を二人知っている。かなり真剣だ。一人は日本語をよく話せるので、日本からお客様が来たときに、ガイド役に彼女を誘った。しかし、彼女は初めて見る日本人男性の前で緊張してしまい、あいさつもろくにできなかった。もう一人は、日本語を知らないが、剣道に夢中で自ら有段者。どうしても日本の「ケンドイスト」と結婚したい、と、これまた無謀な夢を追って、婚期を逃している。

私は確信しているのだが、ロシアの国力は必ず先進国に追いつく。ロシア人は日本人同様、自分の蓄えで日本に旅する日が来る。それは、今「日本にあこがれて」勉強している人たちが、50歳、60歳になってからかもしれない。彼らが、子どもといっしょに、あこがれのの日本に行く、これは生きていれば必ず実現する、と信じている。

その時、彼らは、日本に何を見るのだろうか。彼らが持っている日本人のイメージ---黒澤明の「七人の侍」や最近の「ラスト・サムライ」)---からは、もちろんかけ離れているだろう。しかし、日本の自然、風情、おいしい食べ物、便利さ、親切さなどは、残っていてほしい。私も30年後に日本に帰るつもりだから。